設立の想い~九州再審弁護団連絡会

刑事再審開始の意味

21世紀になって私たちの国の刑事再審が動いた。

大崎、横浜、名張、布川、氷見、足利、東住吉、福井、東電OL 。

横浜は免訴、布川、氷見、足利、東電OLが再審無罪となった。

大崎、名張は取り消され、東住吉、福井は上級審の判断を仰いでいる。

ながく冤罪を叫んできた人間に薄光がさしこんだ。

 

裁判所はいずれの事件でも自白調書の犯行物語を真実だと信じてしまった。

捜査本部は収集した証拠の一部をよりわけて矛盾しないように犯行物語を作り上げる。

その犯行物語は独白調の自白調書という形をとる。

自白調書の犯行物語にそぐわない証拠は弁護士にも裁判所にも見せない。

被告人はもちろん弁護人も証拠を集める実力に乏しい。

だから犯行物語に矛盾する証拠が提出されることはめったにない。

そうやってどの裁判所も自白調書の犯行物語を真実だとしてきた。

 

自白がなくてもなお有罪と判断できるか、裁判官はそう厳しく自身に問いつめたか。

自白によって新たな事実は判明したか。

自白によって新たな裏付け証拠は得られたか。

そういった問いつめこそ刑事裁判の原点だ。

だが人間は大切な原点をよく忘れてしまう。

専門家だって同じだ。

自白以外にさしたる証拠はない。

自白によってなんらの事実も明らかとならなかった。

自白によって裏付け証拠の積み上げもなかった。

 

そんな自白は捜査本部の犯罪物語をなぞった疑似自白だ。

そうであるにもかかわらず自白を真実だと信じた。

 

刑を執行する。

真犯人は罪を逃れた。

犯罪被害者やその家族は関係のない人間を恨み続けた。

冤罪被害者やその家族は人生も命も奪われた。

 

長い時間が経過してある日偶然が舞い降りた。

 

捜査本部の手持ち証拠が明るみにでた。

科学が進展しこれまで確かだとされてきたことが間違いだとされた。

真犯人が現れた。

 

そんなことがあってはじめて自白調書の犯行物語が絵空事であったと知った。

信じたのは私だけではない、高裁も最高裁も同じだった。

100人の法曹が100人同じように間違っただろう。

そんなエクスキューズを吐くならとんでもない。

 

冤罪は裁判、検察、弁護、警察という司法全体が犯す罪だ。

その罪のほんの小さなかけらがたまたまほころんだ。

 

再審格差というもの

再審請求手続きは未整備のままだ。

それぞれの裁判体が手探りで審理を進める。

請求人本人と面会する裁判所もあれば最後まで会わない裁判所もある。

期日を精力的に設定してゆく裁判所もあれば、音沙汰なしの裁判所もある。

再審開始の判断基準も適用も、公認され、平準化さているとは言い難い。

言葉のうえでは共通しているかに見えるが、その内実は個々別々である。

それぞれの裁判所の考えで職権を行使し審理を進め判断を示す。

 

検察官請求にあっては、捜査に残るすべての手持ち証拠を検討できる。

他の事件でたまたま得られた関連証拠も使える。

証拠収集のための人材をもち、能力に優れ、すべて公費だ。

追加捜査も新たな科学鑑定もすべて思うようにできる。

 

ところが有罪の言渡しを受けたものがする再審請求は悲惨の極みだ。

警察や検察が収集した手持ち証拠の開示すら保障されていない。

手伝いはありがたいボランティア支援者だ。

いつも手弁当で手伝ってくれる。

費用はすべて自前。

検察官請求と有罪の言渡しを受けたものが行う場合とで、まさに雲泥の格差がある。

 

刑事司法における正義のための手続きが再審請求だ。

おなじ手続きの内実がこれほどの格差さをもっていていいのか。

再審制度そのものを再考し整備する時期に来ている。

 

判決はいつまでも仮説

有罪判決は限られた法廷証拠によって形成される裁判所の確信だ。

歴史的証明それは科学的証明とは異なる。

痕跡を拾い集めて過去にあった出来事を推定する作業だ。

確かなことではなく確からしいことを判断目標とする。

判決はその時点の限られた証拠による確からしいという確信だ。

だからそれは判決確定後であっても仮説というべきもの。

 

新しい科学。

新しい合理性。

新しい健全な社会常識。

捜査の手元に残る古くからの手持ち証拠。

よりふさわしい犯人の出現。

 

これまで誤判の是正は偶然という転機を経て行われてきた。

陽の目をみない冤罪がどれほど隠れているか。

私たちはなにも知らないし、調査をしようとさえしない。

 

司法の独立と正義を求め実現したい。

そう思うなら。

私たちは常に。

誤判是正のためのエンジンをふかし続けていなければならない。

そのエンジンで冤罪を発掘し正してゆく。

再審請求は刑事司法の独立と正義のために欠くべからざるシステムだ。

その機能はいつのときにも万全でなければならない。

 

九州再審弁護団連絡会の設立

九州地区では福岡、菊池、飯塚の3事件の弁護団が死刑執行後再審を提起している。

その他の再審活動も活発化させている。

マルヨ無線、大崎、松橋の3事件及び宮崎の女性殺害事件も再審請求手続中である。

そのほかにも再審手続中であり再審請求準備中の事件は少なからずある。

 

個々の再審弁護活動が孤立させてはならない。

相互に情報と意見を交流させ、弁護活動の質を高め必要がある。

その想いから九州再審弁護団連絡会を設置した。

年1回程度でも経験交流集会を開催したい。

その合間には随時インターネットを通じて情報交換をしたい。

研究者の協力を得て、再審にかかる法と制度のありかたを検討したい。

必要な再審制度改革を提言したい。

 

第1回交流集会を昨年玉名市のシュバイツアー寺で開催した。

シュバイツアー博士の「生命への畏敬」という思想に共鳴しこの名をつけたという。

シュバイツアー博士夫妻の遺髪を祀る。

シュバイツアー記念病院を継がれたお孫さんが参り祈る寺だ。

 

私たちはここを雪冤活動の聖地とよんだ。

福岡事件死刑囚2人の雪冤と救命に奔走した故古川泰龍師が開山した。

今も「死なぬ死刑囚」西武雄の遺稿と遺作を展示する。

冤罪死刑の悲しみと罪深さを伝える場所だからだ。

 

会議は各再審弁護団からの事件報告にはじまる。

“再審請求審における全面証拠開示への理論と実践―再審格差をどうのりこえるか”

これをテーマに集団討議を行った。

夜を明かして冤罪被害と法曹のとるべき態度を語り合った。

翌日に活動方針を確認した。

弁護団相互の協力体制の確立と外国における再審法制の調査検討を行うことを決めた。

 

日本各地に再審弁護団連絡会を 

一同に会して検討できる事件数は限られる。

個別具体的な検討となると、さらにその機会は少なくなる。

効果的な個別案件の集団討議とともに、経験交流や情報交換をしたい。

だから地域限定の弁護団連絡会が必要だ。

その成果を各地域からもちよって全国へとつなげる。

 

再審弁護はわれわれにとって最も困難な活動のひとつである。

個々の再審弁護活動はすべての弁護活動をつながっている。

弁護の横の連帯を密にして弁護の質を高める。

せめて困難な壁の大きさや高さを前にこれからどうやっていけばいいのか話し合いたい。

冤罪は私たち法曹の手になるものである。

冤罪は身近に潜んでいる。

その隠れた冤罪を発見し誤判の構造と原因をつきとめともに正したい。

 

日本各地に再審弁護団連絡会が設立されることを待ち望んでいる。

 


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