発展する「障害」の概念

発展する「障害」の概念

わたしたちの国は障害者権利条約批准の承認をうけました。2014年1月20日のことです。この条約は2006年12月13日に第61回国連総会において採択されました。遅れること7年、やっと2013年12月4日に国会で批准を承認し、翌1月20日に国連の批准承認をうけたという次第です。

この条約の前文(e)項はつぎのように定めています。

(e) Recognizing that disability is an evolving concept and that disability results from the interaction between persons with impairments and attitudinal and environmental barriers that hiders their full and effective in society on an equal basis with others,

これをわかりやすくいうと、「障害」の概念が発展したということ。それでどのように発展したかというと、「障害」というのは個人の心身のなかにあると思い込んできたけれども、そうではなく「障害」とは社会に存在する差別的障壁と個人特性との間にあるものと理解し確認した、という意味です。

この前文(e)項の日本政府公定訳は「(e)障害が発展する概念であることを認め、また、障害が、機能障害を有するものとこれらのものとに対する態度及び環境による障壁との間の相互作用であって、これらの者が他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げるものによって生ずることを認め、」としています。

ここでは[disability]を「障害」、[impairments]を「機能障害」と日本語に訳しています。条約が[disability]という概念は発展したとし、[disability] とは[impairments]と[environmental barriers ]との相互作用であると規定し、人が体や脳に機能不全があること自体は[disability]と言わずに[impairments]に変えた、背景と歴史を伝える訳出になっていないと思います。

この曖昧さと意味ある連関を感じるのが国内法の改定です。

わたしたちの国は、この条約批准にあたり「障害者基本法」を改正しました。また「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」を制定しました。

これらの法律では「障害」の定義を発展させていません。

「障害者」の定義を変えることによって条約に対応しています。

すなわち「障害者」とは「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者であって、障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう。」と規定しました。

つまり「障害」概念は、従前どおり個人の心身の機能障害であるとして、「障害者」について「社会的障壁」によって制約をうける者と規定し、ここでいう「社会的障壁」とは「障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。」としたのです。

これでは条約の肝である「障害」概念の発展も、「社会的障壁」の意味、[environmental barriers that hiders their full and effective in society on an equal basis with others,]社会に存在する差別的障壁、 すなわち個人が「他の者と平等に、社会に完全かつ実効的に参加することを妨げるもの」(2007年私訳)、という趣旨もまた損なうものになっていると思います。

繰り返しますが、条約では、社会との関係で個人の体や脳に機能の個人特性が不全性をもつことを[disability]ではなく[impairments]とし、そのうえで「disability」「障害」とは、[impairments]「個人の機能不全」と[environmental barriers]「社会に存在する差別的障壁」との相互作用であるという概念に発展したことを確認したといっています。

今回の条約批准と批准に伴う国内法の改正は、「障害」概念の発展したこと、社会的差別をもたらす要因としての「社会的障壁」が存在することを確認したという、人類のあたらしい思想をことさら伝わりにくいものにしています。

言葉の違いにとどまるのならまだしも、言葉のもつ社会性、歴史性、思想性を置き去りにしたのであれば見逃せません。

このままではわたしたちは、「障害」は個人の心身の中にあるものだと信じつづけるかもしれません。

2006年に世界は、誤った考えだとして変更し、それを人類思想の発展という言葉で確認し宣言しました。

わたしたちの国だけが古いあやまった考えをこれからもずっと続けることになっては困ります。


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