中川智子さん■人の痛みをみずからのものにして伝えることができる人

私たちは政治家という人たちに対して一様に色づけて見てしまいます。政治家という役割に関する古いイメージが重なって固定的な思考と認識と感覚を先行させてしまう。政治家というすべての政治家は政治家である前にひとりの人間です。考えてみれば当たり前のことです。それぞれの生い立ちをもちそれぞれの人生を歩んできた人たち。素質も環境も経験も異なる人たちが政治家という同じ役割を担うところに妙味がある。この頃そんな風に考えることができるようになりました。

 

中川智子さんは野中広務さんのことをお話しした時にご登場いただきました。1996年総選挙に社民党より立候補して当選されました。現在は宝塚市長2期目を務めておられます。ハンセン病問題の解決のための活動を始めたころに知り合いました。提訴前のシンポジュームや集会にはじまり、提訴後の弁論期日にもまたハンセン病療養所訪問の際にもよくご一緒させていただきました。提訴直後の政治筋キーマン廻りを段取りいただきました。判決直後は原告と一緒になって控訴断念への運動に力を注いでいただきました。判決確定後もこの問題の全面解決へ向けて歩みをともにしていただきました。

 

中川さんほど政治家というか国会議員のイメージからかけ離れた人を知りません。ハンセン病療養所にいても永田町にいても会えば心のそこからはじけるような笑顔をふりまいてくれました。市民運動というか地域活動というか主婦連というかなにかそのようなご出身と伺いました。それでも組織とか規律とか上下関係とかの匂いがまったくしない人でした。

 

ハンセン病問題ではその中川さんがいつも泣きました。身を震えさせて泣きながら同僚議員に訴えてくれました。ハンセン病療養所で被害を聞き取るときも。集会でその被害を報告するときも。私たちに議員を紹介するときも。被害をその身に映して震わせすすり泣くように語る。そこが中川さんの真骨頂だと思います。

 

2001年5月11日ハンセン病訴訟は熊本地裁で原告全面勝訴の判決でした。この判決を何としても確定させたい。そう思い私たちは力を合わせて控訴断念を求めました。国は判決の法解釈には受け入れがたい問題があるとして控訴へと突き進んでいました。ほとんどの司法関係者もマスコミも控訴断念は無理と考えていました。政治家も行政専門官もこの国の統治にたずさわるすべての人が控訴断念を思い描くことができませんでした。そんな中で総理官邸を原告と支援者が取り囲み座り込みました。官邸出入口の鉄柵を挟んで怒号が飛び交うこともありました。

 

中川さんはその先頭に立って最も激しく控訴断念を求めました。「総理にぜひ原告の方々にお会いするように伝えてください」「このように集団の力をもって要求する人たちと総理はお会いしません」「あなた原告の方々がどんな被害にあわれてどんなお気持ちでここにおられるか少しは考えなさい」だんだんエスカレートしてハンドマイクの声は語気も鋭く大きくなります。支援の先頭だけではなく原告の先頭に立ちついには弁護団の調整役をも押しのけるようにして詰め寄っていかれました。頬には涙を流しながら。

 

当時は携帯電話が一般化し始めていました。自動車電話からポッケに入る携帯電話へと進化していました。歩きながらどこにいても連絡を取ることができるようになりました。そんな便利さを利用して一般に開放された電話窓口やメッセージサービスなどがはじまりました。総理官邸への苦情や要請を電話で窓口に伝言できる。電話をかければあらかじめ録音した議員のメッセージを聞くことができる。そんなサービスです。

 

控訴断念に向けた総理官邸への要請は日々強まっていきました。でもその運動が暗礁に乗り上げたかのような時期。中川さんにこんなことがあったそうです。官邸前の鉄柵を挟んだ語気鋭いやり取り。その合間を縫って携帯電話から総理官邸に設置された伝言窓口に「小泉総理、控訴を断念してください」と何度も電話をかけた。総理の伝言窓口に控訴断念を求める伝言の数が多ければ多いほど効果があるからと。連日の要請行動ではその先頭に立って働き続けた。でもマスコミは「控訴を検討」「控訴の方針」「控訴を決断か」「明日にも控訴へ」と控訴ありき報道をこぞって繰り返す。そんな夜疲れ果てて自宅に戻ると大量の留守電にびっくり。あわてて再生ボタンを押すと「コイズミソウリコウソヲダンネンシテクダサイ」と連呼する声。嗄らしてはいるものの聞きなれた声が何回も聞こえてきたと言います。

 

市長になられてからも中川さんは変わらない。ある少年事件では被害者そして加害者にならざるを得なかった人々それぞれの痛みに重ね合わせて対応された。たったひとりの痛みでもその痛みをみずからのものとして政治に写し伝えることのできる人。私は中川さんのことそう思います。


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